2021年6月1日(火)13:00~16:00に、「デザインを取り入れた事業開発の成功事例を学ぶ『事業の強みとデザインの力、外部協力者と生み出した新しい価値』」と題したFUXIONのイベントを開催しました。横山興業株式会社(以下、横山興業)取締役 横山哲也氏を講師に迎え、第一部は横山興業での実践事例の共有、第二部はミテモ株式会社 代表取締役 澤田哲也による横山氏との対談インタビューが行われました。自動車部品メーカー発の新規事業として横山氏が立ち上げたカクテル用品ブランド「BIRDY.」は世界のトップバーテンダーから信頼され、横山氏自身も「NewsWeek日本版 2019年世界が尊敬する日本人100」に選出されています。事業の立ち上げから世界のトップブランドに至るまで、各フェーズで横山氏が実践してきた事例を惜しみなく共有いただきました。前編となる今回は、第一部の基調講演で語られたBIRDY.誕生までの実践事例をお送りします。
横山氏は大学卒業後、webデザイン会社などを経て、家業であった横山興業へご入社されます。BIRDY.を立ち上げた2012年当時は横山興業の売り上げが下降し、現状のままでは赤字転落が視野に入るような状態でした。また、技術の中心がプレス / 溶接であったため、技術のコモディティ化が進んでいました。そのため、中長期的な取り組みのひとつとして、B2C事業への展開が決断されました。
B2C事業を始めるに当たり最初に課題となったのは、顧客に対して何をつくるか?という発想自体が社内になかったことでした。横山氏が横山興業へ入社された際には社内に開発部門はなく、発注元から提示された図面の製品を、いかに高品質で安く安定的に製造するかが中心でした。そこから、新規事業のトライアルに取り組む中で見えてきたことがあったそうです。それは、「自社でできないことを前向きに諦める」ということでした。
最終的に技術者や職人の技術力を向上させることが目的であれば、すべての工程を自社でまかなうことは意味があります。しかし、B2C向け製品の開発に当たっては、消費者に高いクオリティで製品を届けることが目的となります。そのため、自社のコアである技術に特化し、それ以外の技術は積極的にアウトソースすると決めたそうです。 そして、B2C製品の開発を進めるに当たり、自社技術の棚卸をする中でたどり着いたのが、ラップ(LAP)研磨という金型をメンテナンスする際に用いられる磨きの技術でした。手磨きにも関わらず、0.05μmという高い精度を誇る高い技術力に加え、この技術について職人が生き生きと語るストーリー性に心が動かされたそうです。サステナビリティやエシカル、これまでの歴史など、近年、製品の背景にあるストーリーに共感を集めるセリングの方法が注目されています。他社が真似できない「手作業のハイテクノロジー」であるだけでなく、横山氏自身がほれ込むストーリー性を自社の中に見出せたことこそが、確固たるブランドの核の発見につながっているのではないでしょうか。
いかにしてこのような自社の強みを見つけることができるのかについて横山氏は3つの視点を上げました。
(1) 事業立ち上げに当たり、特徴や違いを何度も何度も問われる。そこに対して何度でも答えられる愛着や想いをもつことができるものを探す。
経済産業省・特許庁が2018年に発表した「デザイン経営宣言」では、「デザインは、企業が⼤切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営みである。(中略)顧客が企業と接点を持つあらゆる体験に、その価値や意志を徹底させ、それが⼀貫したメッセージとして伝わることで、他の企業では代替できないと顧客が思うブランド価値が⽣まれる。」と記載されています。横山氏が言った「繰り返し語れる」という言葉は、事業者自身が情熱を傾けられる領域を選択する必要があるという意味とともに、一貫したメッセージを伝える礎になるという意味にも通じるのではないでしょうか。
(2) 付加価値は新結合である。だからこそ、新しい組み合わせができる可能性があるものを探す。
金属表面を高精度で研磨する技術は、研磨する対象物を変えることでさまざまな製品に応用できます。組み合わせられる対象が多い技術を選択することで、事業化の可能性が高められるそうです。
(3) 自動車シートをつくっているからベビーカーをつくってみる、といった「ダジャレ的開発」ではなく、自社のやっていることを要素技術まで分解することで真の強みを探す。
要素技術まで分解することで自社の技術のユニークネスを確認し、事業化した際に他社からの模倣を防ぐことにつながるそうです。
ただ、この時点で決まっていたのは「ラップ研磨の技術を用いて、B2C製品を開発する」ということのみでした。金属を研磨することで付加価値となるものとはなにか。それを探す際にも、横山氏はさらに3つの視点を挙げています。
(1) まったく新しい製品をつくるのではなく、すでに〇〇売り場として存在している製品カテゴリを選ぶことで、バイヤーに売りやすくなる。
新しい商品を販売するにあたっては、どのような顧客を対象として、どのような店舗のどのような売り場でどのように販売するのか、といった視点が欠かせません。「〇〇売り場として存在している」ということを意識することで、事業開発における出口戦略に通じるとともに、製品を使用するユーザーを明確にし、イノベーションに必須とされる「顧客視点」を取り入れることにも通じるのではないでしょうか。
(2) 情熱を傾けられるもの。
前述のように、デザイン思考に当たっては顧客視点を取り入れ、ユーザーに深く共感することが欠かせません。事業者が情熱を傾けられるものとは、事業者自身が顧客に共感できるものとも解釈できます。B2C製品の試作品として制作されたのは日本酒用のタンブラーでした。日本酒を実際に試飲してみた際には味に変化がありませんでしたが、諦めきれない横山氏はバーへ試作品を持参し、タンブラーでウイスキーの水割りをつくってみたそうです。すると、味に劇的な変化がありました。そこから、バーテンダーと味が変化した理由について検討を重ねていたとき、カクテルシェーカーが視界に飛び込んできたそうです。シェイクすることでタンブラーよりも内部の仕上がりがより味に影響するのではないか、という仮説をもってカクテルシェーカーにラップ研磨を施したところ、味が劇的に変化したそうです。横山氏が情熱を傾けられると直感した酒器やカクテル用品に注力したからこそ、ラップ研磨されたタンブラーを日本酒ではなくウイスキーで試行することにつながったのではないでしょうか。
(3) 中小ものづくり企業だからこそ参入できるニッチな市場を見つける。(特に、何十年も形状が変わっていないライフサイクルの長い商品)
魅力的な市場で魅力的な製品を開発しても、大企業に同じような製品を開発・販売されてしまうことで、競争環境はすぐに悪化してしまいます。人的・資金的リソースの多くない中小ものづくり企業だからこそ、明確に存在していつつもニッチな市場を積極的に探索すべきという示唆がありました。女性向けギフト商品や主婦が使うキッチン用品などは、市場が大きいがゆえに先行者も多く、安価で高品質のものが手に入ります。さらに、例えば包丁であれば、料理のジャンルや用途によってさまざまな長さや形状を用意する必要がありますが、カクテルシェーカーは地域などによって規格に大きな違いがないため、幅広い製品展開が必要ありません。さらに、形状も数十年にわたって大きく変化しておらず、「定番商品」の位置づけを目指すことができたそうです。カクテルシェーカーというニッチ且つ世界中で共通して使われる製品に着目し、ブランドの立ち上げ当初から世界市場への展開を意識したからこそ、BIRDY.は現在の世界的ブランドの地位を確立できたのではないでしょうか。
カクテルシェーカーを開発する、と決めてからは以下のようなステップで開発から販売へ至ったそうです。
(1) リサーチ
(2) 検証・実験
(3) モニタリング
(4) 企画
(5) 設計
(6) 量産準備
(7) 営業
(8) 流通・販売
①パテント
②安全・品質
③パッケージ
④撮影
⑤webサイト掲載
(1) リサーチ~(3)モニタリングでは、横山氏自ら、日本全国にいる世界大会優勝のバーテンダーに直接ヒヤリングに訪れた話が披露されました。世界トップクラスのシェフには数万円かけてもなかなか会うことができませんが、バーテンダーであれば数千円で確実に会えるというカクテルシェーカーの製品特性を味方につけたリサーチを展開されたそうです。また、「商品を開発するに当たっては知人の紹介などで『物知り顔の素人』の声が届くが、一切耳を貸さず、信頼できるプロフェッショナルの意見を尊重してほしい」という話も語られました。これも世界展開を見据え、どのような顧客へ製品を届けるかを取捨選択できていたからこそ出てくる言葉ではないでしょうか。そこから(4) 企画のステップに入られたそうですが、企画においては横山氏がカクテルにまつわる書籍やバーテンダーを題材にした長編漫画を読み込み、その内容が現実に即しているかを検証するため実際のバーテンダーに確認するなど、ユーザーについて徹底的に調査をしたそうです。ここでも「ユーザーへの深い共感を得る」ことが実践されていました。また、この共感を事業者自身がもつことで、製品の企画~(5) 設計においても、ユーザーの言葉を自らの言葉に変換してデザイナーに伝えることができたそうです。さらに、横山氏はターゲットとするバーテンダーを限りなく具体的に設定されたそうです。「渋谷や六本木などで店を構え、先進的な物事や技術を積極的に取り入れる若いバーテンダー」をターゲットに設定しました。新しい技術である液体窒素を用いたカクテル・コンテストなどのファイナリストや受賞者、いわゆるイノベーターやアーリーアダプターと呼ばれるバーテンダーとネットワーキングしたそうです。(6) 量産準備においては、序盤で語られたように多くの工程を積極的にアウトソースしていきました。プレス成型~内側研磨~外側研磨~脱脂・洗浄の4つの工程において、横山興業は内側研磨のみを実施しているそうです。自社のコア技術に特化し、内製化にこだわらずに製品の最終品質を優先するからこそ、このような決断ができたのではないでしょうか。(7) 営業においては、商習慣の把握に苦心されたそうです。また、試作品の制作のみに終わらず、実際の販売を通じて製品の品質をさらに高めることも推奨されました。
このようなステップを経て、カクテルシェーカーの内側を磨くとカクテルの味が変わると気がついたのが2013年1月、そこから製品の販売を開始したのが2013年11月と、約半年という超短期間で金型の製作も含めた全工程を完了されたそうです。
基調講演の最後に、横山氏は「ART COMES FIRST」という言葉を紹介されました。製品企画からプロモーションまで、横山氏は広義の「デザイン」をジャッジする機会が多いため、自身の判断軸を養うためにインプットを大切にされているそうです。アートの世界で起こったことが、1~3年後にファッションの世界で起こり、5~10年後に一般でも発生するため、横山氏は特にファッションの世界を定点観察され、10年後のトレンドを判断する材料とされているとのことでした。世界的なカクテル用品ブランドをどのような背景で立ち上げ、試行錯誤してこられたのか、横山氏の具体的且つ解像度の高いお話に、オンライン会議ツールのチャット欄も大変盛り上がり、多くの質問が寄せられました。後編では、チャットで寄せられた質問等をふまえながら、ミテモ株式会社 代表取締役 澤田がインタビュアーとなって開催された対談インタビューの様子をお届けします。
FUXIONでは現在、商品・事業開発ワークショップ「NEXT / XROSS」が開講中です。ものづくり中小企業×ビジネスパーソン・デザイナー・デザイン系学生による共創で、どのような商品・事業が生まれてくるかご期待ください。