名古屋発の価値共創プラットフォームとして、ものづくり中小企業×ビジネスパーソン×デザイナー×デザイン系学生×アドバイザーによる新商品・新規事業開発ワークショップが開催中のFUXION。今回は2021年6月4日に開催された、昨年度事例共有セミナーの様子をお伝えします。登壇者は、昨年度FUXIONへ参加された株式会社岩田三宝製作所 取締役専務 岩田康行 氏、有限会社ノヨリ 代表取締役 野依克彦 氏、株式会社愛起 取締役 多久田篤希 氏の3氏。昨年度のFUXIONでどのような商品・事業が誕生し、その後どのような発展をみせているのか。FUXIONに参加することの意義と変化、そして現在と未来を、ミテモ株式会社 地域共創ユニット「CUE」シニアディレクター 杉谷昌彦のファシリテートのもと、3氏が語りました。
冒頭、3社がFUXIONを通してどのように変化し、事業参加後も継続してどのようなアクションをつなげているのか、3氏からプレゼンテーションが行われました。
■事業者概要
名称:株式会社岩田三宝製作所(以下、岩田三宝)
設立:江戸中期
事業内容:神仏具製造卸、インテリア・キッチンウェアの製造販売
神道の信仰の基本は、自然・生命への感謝と取締役専務である岩田康行氏は語ります。岩田氏はその感謝の思いと共に神仏具の製造を生業としてきました。岩田三宝だからこそ表現できる木の清らかさを通じて、幸せ・感謝の心を後世に残していくことを目的にしています。FUXIONのワークショップでは、これまでの歴史や自社の価値、これから実現していきたい世界を言語化し、ビジョンを「豊かな時をつなげる。」と定義しました。されにハンズオンでは当初「名古屋市内に住む40代の女性」「共働きで職場復帰3年目」などと具体的なペルソナを設定し、自社の技術が活かせるギフト製品の開発を目指したそうです。その中で出来てきたものが、廃材を利用したアロマオイルと、カンナ屑を活かしたアロマディフューザーというアイテムでした。
しかし、こうしたギフトやアロマの市場は既に大企業を中心としたライバル製品で占められており、自社独自のポジションを確立する工夫が必要とハンズオンで指摘されます。そこで岩田氏は、これまで神仏具の販売で培った神社とのつながり(販路)を活かすことを考案。神社で販売するお守りの中で香りに関連した商品がないことに着目しました。そこである神社へテスト販売を依頼し、例大祭のタイミングで実施に販売したところ好評を得、常設販売が決定したそうです。さらに、一般向けのアロマ製品の販売に関しても、ギフトショーでつながったアロマメーカーへ製品を納入。日本アロマ環境協会の機関誌にも掲載され、今後海外進出に向けて関係各社と検討を重ねているそうです。
岩田氏はFUXIONに参加した意義についてこう語ります。「新規事業をつくるに当たり、これまで懸案となっていた廃材の利用を考えあわせ、本気になって取り組むことができました。何をするか、どのような流れで進むかもわからないまま飛び込んでみましたが、結果としてよかったと思っています。待っていても誰も手を差し伸べてはくれません。この事業がよいきっかけになったと感じています」。
■事業者概要
名称:有限会社ノヨリ(以下、ノヨリ)
設立:1988年
事業内容:神仏具金具の製造、仏壇・仏具の販売、アクセサリー雑貨等の製造販売
仏壇仏具業界では2000年頃から安価な海外製品が流入するとともに、生活様式の変化から家具調の仏壇が主流になり、需要が激減したそうです。売上高が全盛期から一気に半減。名古屋城本丸御殿の復元工事で業績は一旦盛り返しますが、売上高が毎年30%ずつ減少するという危機的状況に陥ります。危機感を覚えた代表取締役の野依克彦氏は、令和元年から異業種での新商品開発・販路開拓を開始し、アクセサリーやインテリア雑貨等を製作してきました。
そんな野依氏がFUXIONに参加して最初にやったことは、ブランドビジョンを定めること。「手からときめきを、ときめきから未来を。」とビジョンを定義し、自社のもつ手作りの装飾品の技術をどの分野に活かすか、デザイン系学生と一緒にブレストを重ねました。
その結果生まれた製品が「Yui」というフラワーアクセサリー。花束を贈る際のアクセサリーとしてだけでなく、抗菌作用で花が長持ちする / ドライフラワーにできるという機能性を付加。機械彫の低価格帯と手掘りの高価格帯のふたつのラインを想定した上で、自社の生産体制と整合し、手掘りの高価格帯へ集中することを選択します。さらに、当初の想定とは異なるターゲットとして、ブライダル業界に着目。現在はブライダル会社とデザインの改良・試用に向けて打合せを重ねており、実際の挙式での試用も決定しました。「FUXIONに参加したことで、これまでは思い付きに近い方法で商品開発をしていたところから、デザイン思考に即して商品開発を進めるプロセスを実践できました。新規開発した商品を通し、これまで受け継いできた技術が認知され、後継者育成にもつながることを期待しています」と野依氏は語りました。
■事業者概要
名称:株式会社愛起(以下、愛起)
創業:1949年
事業内容:菓子包装パッケージ卸売業
愛起は、菓子店で販売している「口に入るもの以外」すべてを揃えることができると取引先から評価されるほど幅広い包装パッケージを品ぞろえし、親しまれてきました。しかし、人口減少等で和洋菓子店等路面店が減少。今回FUXIONに参加した取締役の多久田篤希氏は、新しい取り組みを始めなければならないという強い危機感をもっていたそうです。FUXIONに参加するまでは、商品を開発するに当たり、「こんな商品がほしいのではないか」といった場当たり的な開発がされることもあり、商品開発や事業開発においてその場その場で判断をしていました。「包材屋は包材屋」という意識で何十年も経営をしてきたため、自社の目指す場所や存在意義についても考えたことはなかったそうです。今回FUXIONに参加したことで、デザイン系学生と対話を重ねながら初めてミッション / ビジョン / バリューを策定。自社の強みなどもディスカッションの中で見出すことができたそうです。その強みとは「多くの和洋菓子店に販路をもっていること」。その結果、ワークショップでの事業構想からハンズオンでのピボットを経て出てきた事業案が「AD CAKES(アドケイクス)」でした。
AD CAKESは、菓子店で菓子を包装している待ち時間で、広告を見てもらったり商品サンプル等を使っていただき、広告宣伝費を自社と和洋菓子店で折半するというビジネスモデル。ワークショップで言語化した自社の存在意義や強みを、ハンズオンにおいて異業種の知見を交えながら実際の事業に落とし込むことで出来たものです。事例共有のプレゼンは「今までやってきた事業を転換していく様子を肌で感じることができたのは、他社の事例を間近で見ることができたことも含め、大変貴重な経験になりました。10~20年先の将来を見据えた事業として、このアイデアを育てていきたいです。」との多久田氏からの力強いコメントで締めくくられました。
3氏の現在を共有するプレゼンテーションに続いては、岩田三宝とコラボレートしたビジネスパーソンの權田 成悟(中小企業診断士)氏も登壇し、ミテモ 杉谷によるファシリテートのもと、FUXIONを振り返るパネルディスカッションが開かれました。FUXIONはものづくり中小企業だけでなく、事業者と共に伴走するビジネスパーソンやデザイナー、デザイン系学生も参加しています。權田氏がビジネスパーソンとしてFUXIONに参加したのは①社長に会いたい、②頭でっかちを解消したい、③地元のために何かしたい、という3つの理由があったからだそうです。事業者だけでなく、伴走者にとっても自らの知識を名古屋のために役立てる実践の場となったようです。
杉谷:FUXIONに参加することで「デザイン経営」という言葉の捉え方に変化はありましたか。
岩田:デザインというと、製品の形状などをデザインをするというイメージをもっていました。現在は製品を開発するプロセス自体をデザインと呼ぶ、という理解をしています。市場を調査し、出てきた課題を製品に落とし込む。デザインという言葉自体の印象が大きく変わりました。
野依:単に新しい商品をつくるという理解でいました。これまでは何も考えずに製品を開発していましたが、FUXIONをきっかけとして、自社の歴史などこれまでやってきたことや軸を振り返る機会になったのはとてもよかったと感じています。
多久田:当初はデザイン経営という言葉すら知りませんでした。本業が菓子などの包材ということもあり、デザインというとパッケージなど見た目の良し悪しに限定したことだと思っていました。今は、会社の活動や事業自体を設計し改善することなのだと理解をしています。
權田:ビジネスパーソン、特に本業の中小企業診断士として、デザイン経営という言葉を使うタイミングはこれまでにありませんでした。デザインを共通言語として開発に取り組んだことはありませんでしたが、FUXIONにおいて実際の事業へ実装する経験をすることができました。事業者だけでなく、伴走するビジネスパーソンも一緒になってデザイン経営を実践するステップを踏めたことがよかったと感じていますし、わたし自身も今後、他のものづくり中小企業へもデザイン経営を実践していこうと思います。
杉谷:次にブランドデザインの文脈で話を進めていきたいと思います。自社が大切にすることの言語化は大変難しいと思いますが、改めて自分たちのビジョンを固める難しさなどを教えてください。
岩田:どのような廃材が出てくるのかなど、伴走のビジネスパーソンなどが製造の現場に来てくれました。客観的な目線でわたしたちの会社を見てくれたことで、何が大切か見出す手助けになったと感じています。
野依:これまでは社業を家族中心でやってきました。ビジョンや理念を言語化したことがなかったのですが、デザイン系学生と対話することで言語化が進みました。自分ひとりだけでは現在のビジョンにたどり着くことができなかったのではないかと思います。
多久田:言語化して決める、ということは難しいと感じました。そもそも創業時にどういった想いで始めたのか調べたりといったこともしました。これは日常業務では決してやらないこと。だからこそ、現在のパッケージデザインという本業も、社会の変化に合わせて柔軟に変化していけると手ごたえを感じています。
權田:わたしは伴走するビジネスパーソンとして、第三者として関わることの難しさを感じました。ただ、ビジョンを明確化することで、特に社内の人が新しく自社を再定義できるようになるのではないかと感じています。わたしは岩田さんに伴走しましたが、「ゆたかな時をつなげる」という言葉が出てくるまでに、岩田さんと何度も対話を重ねました。ものづくり中小企業の事業者も、自分が語っている言葉の中でどこが輝いているか自覚できていないこともあります。伴走者として対話を重ねることで、第三者的視点から言語化の支援ができました。代表者が自社のバリューを明確に言語化することで、社内の人間の会社に対する見方やアウトプットも変わってきますし、統一感が出るようになると思います。
杉谷:FUXIONではものづくり中小事業者にビジネスパーソンやデザイナーの伴走者も加わります。これは本事業の中だけに限ったことでなく、新規事業を立ち上げるに当たり、自前主義から脱却して外部の人と関わるノウハウにつながります。こういった際に、外部の人とどういった関わり方をしたらよいかなどのポイントはありますでしょうか。
岩田:とにかく最初は自分のアイデアをひたすら紙に書いて共有していました。自分でなんでもかんでもやろうとしてしまっていましたが、短い時間で事業を立ち上げるに当たり、伴走している人の助言を積極的に仰ぐようにしました。
野依:わたしは伴走者がデザイン系学生だったため、自分の子どもよりも若い方と一緒にプロジェクトを進めました。基本的に、学生さんにすべて任せるよう心掛けていました。3人の学生が伴走してくれたのですが、それぞれが上手に持ち場を分け合いながらリードしてくれたため、わたしも自分ができることに的を絞って実現できるよう積極的に進めました。役割分担を明確にして権限を委譲できたことがポイントだったのではないかと思います。
多久田:自分で決め過ぎないということを意識しました。このFUXIONという場に集っている時点で、伴走者は熱量のある方々です。一緒にやっている人たちの個性を大切にし、走りたいと思っている人を止めないように心掛けました。
杉谷:ありがとうございます。総じて、事業者さんが周囲の意見を取り入れながら、自ら変わっていけるかどうかがポイントという気がしました。
杉谷:デザイン思考とは、設定したターゲットが何に困っているのか観察・洞察し、課題を定義する。そこからプロトタイプを制作して実際に使っていただき改善していく、というプロセスです。これらのプロセスを経る中で、ワークショップ後に開催された特に専門家などからアドバイスを受けながら事業化に向けて案を練り上げるハンズオンというプログラムに参加してよかったと感じる点は何でしょうか。
岩田:どれかひとつが特別よかった、ということはないですね。最初の壁打ち、その後のブラッシュアップ、そして展示会への出品。一連のステップが、新しく事業化する中でどれも重要だと感じています。ハンズオンの中でアドバイザーと対話を重ねることで、もともと持っている神社への販路を使いながら、顧客の声を拾っていくというプロセスを踏むことができました。
野依:わたしはハンズオンに参加しながら、自社の技術の可能性を再認識することができました。対話によって自分の事業の本質を知ることができたと感じています。
多久田:ハンズオンでは事業アイデアベースでたくさんの意見をいただくことができました。ブランドビジョンをどのように実現するか、実際のビジネスに落とし込んだ時に、ハンズオンでさらに磨き上げることができたと思います。
杉谷:愛起はハンズオンに入ってから、ワークショップで作り上げた事業案とは違う事業案をつくりあげました。これは、ワークショップにおいてブランドビジョンという変えないもの、大切にしたいことを定義できていたからこそ、ハンズオンで新たな事業を再びつくり出すという決断ができたのではないかと思います。新規事業開発においては、この洞察からプロトタイピングまでのプロセスを何度も回すことが大切です。プロジェクトの中でどのような事業が生まれるかどうかも重要ですが、よりビジョンを具現化できる事業のかたちを模索し、ピボットできたことは素晴らしいと思います。
杉谷:同じように新規事業を作り出そうとしているものづくり中小企業に対するアドバイスがありますか。
岩田:(本イベントに参加するなどして)こうして情報をとろうとしている時点で、モヤモヤしている証拠だと思います。そんなときはFUXIONなどの事業に参画するなどして、とにかく動いてみることをオススメしたいです。
野依:わたしの場合、FUXIONをきっかけとしてとにかく1年間やろうという気持ちで飛び込んでみました。同じように、期間を定め新規事業の立ち上げにトライしてみて、最初に決めた期間が終わったのちにどのようなものが得られたか振り返ってみたらよいのではないかと思います。きっと多くのことを得られていると思います。
多久田:わたしはもともとデザイン経営を深く学んでいたわけではありませんでした。ただ、こういった事業に参加することをはじめ、行動してみることで無駄になることは決してないと感じています。
權田:伴走する立場の人間としても、実践するという経験をしてみたからこそ、参加してよかったと感じています。できるようになってから行動するのではなく、できていないからこそ、行動することでできるようになっていくと思います。ビジネスパーソンやデザイナーなどの伴走者も、役に立てる場面がきっとあります。事業者に限らず、あらゆる属性の人たちが、まずは行動することから始めてみることをおススメします。
岩田:追加になりますが、FUXIONに参加してみて、新規事業の立ち上げがとにかくとても大変だったということもお伝えしておきます(笑)ただ、簡単でないからこそ、やってみる価値はありますし、その大変な状態が日常になれば、やがて慣れることができます。ステップアップにつながると思います。ぜひ、まずは動きだしてみてほしいと思います。
昨年度参加者を迎えてのパネルディスカッションは、岩田さんの力強い提案で幕を降ろしました。ものづくり中小企業×ビジネスパーソン×デザイナー×デザイン系学生、そしてアドバイザーという多様な属性の人たちが交差し融合することで新規事業を生み出す本事業。事業の中だけでなく、そこで得たものを自力で活用し、さらなる歩みを進めている事業者さんたちの姿が印象的でした。
現在、FUXIONでは新商品・新規事業創出ワークショップ「NEXT / XROSS」が開催中です。本プログラムからどのような商品や事業が生まれてくるのか。そして、プログラムの開催期間中に限らず、デザイン思考のプロセスを事業者が体得することで、どのような変化と転機が生まれるのか。FUXIONのこれからにぜひご期待ください。